User's Story

Yumiko Oishi

大石由美子
トレイルランナー
1970年7月29日
静岡県出身


日本山岳耐久レース。通称ハセツネ。
2011年、この舞台である女性が躍動した。
トップでゴールテープを切ったこの小柄な女性の名前を知るものは、ほとんどいなかった。

大石由美子さん。
トレイルランニングを初めてわずか一年足らずで、この日本一有名とも言えるレースを制したのだ。

由美子さんは、静岡県に生まれた。幼い頃から体を動かすのが好きだったが、彼女が惹かれたのは山の世界ではなく、海の世界だった。
「サーフィンに夢中になって、毎日のように波に乗っていました。」

由美子さんが暮らすのは御前崎。
サーフィンのメッカで、彼女をはじめ優れたローカルサーファーが数多く存在する。
「波乗りの世界はゆったりしてるんです。大会に出場するサーファーもいるけれど、多くの人はそんなことは気にしない。ただ、波に乗ることを楽しんでいるんです。日々海に入って、自分の技術を磨いて、あの波に乗れた、という達成感。名誉を手にするわけではないけれど、それで十分なんです。」
サーファー時代はインドネシア、ハワイ、カリフォルニアなど、波を求めて世界を旅した。

そんな彼女が、突如山の世界へ自己表現の舞台を移した。
「山って怖いイメージがあったんです。でも、足を踏み入れると全くそんなことはなかった。ほんと、楽しかったんですよね。」
潜在能力はすぐに開花する。
ハセツネを制したのを皮切りに、国内のレースを次々に制していく。瞬く間に、彼女の名はトレイルランニングの世界に知れ渡ることになる。
2013年にはヨーロッパの100マイルレース、UTMBを完走した。
「サーフィンの仲間は驚いていましたよ。でも波に乗っている感覚と、アルプスの稜線を走っている感覚って似ているんですよね。南アルプスを走っている時、この稜線が遠い昔は海の底だった、なんて思うと、不思議な気持ちになりなす。」
海から山への華麗な転身。どちらの世界でも、日本という枠に収まり切ることはない。シームレスに自然を楽しむ。

そんな彼女を悪夢が襲う。
2014年、安達太良山トレイル50K。
「トレイルを下っている時に、膝に感じたこともない衝撃が走ったんです。気づいたらありえない方向に曲がってましたね。骨が折れたのかな、と。」
その場でレースはおろか、自力歩行も不可能に。他のランナー、大会スタッフの助けを借りて5時間かけて下山した。病院での診断結果に、目の前が真っ暗になった。

アンハッピートライアド。
不幸の三兆候。

前十字靭帯断裂 · 内側半月板損傷 · 内側側副靭帯損傷。
スポーツにおける怪我では、最も重い怪我とも言える。

「もう、走ることは無理だと思いました。私はもう、山には戻れない、と。仲間とも一切連絡を取らなかったですね。私のことを忘れて欲しかったし、私も、ランナーとしての自分自身を忘れたかった。」

手術を終えた左足はやせ細っていた。動かし方すら、思い出せなかった。

そこから、リハビリ生活が始まる。
「まずは力を入れることからはじめました。こんなこともできないなんて。でも、どこかでもう一度走りたい、という気持ちがあったんです。」
自身の怪我を調べれば調べるほど、その重さを思い知らされ、打ちのめされた。そんな時、あるブログの記事を目にする。
「同じ怪我を負った男性が、見事復活して冬季の南アを縦走していたんです。心の支えになりましたね。」

ジョギングを許可された時、医師から許されたのは、時速4kmペースで、僅か1分間のみ。走る、というのは大袈裟なほど、ゆっくりなペース。
もっと走りたかった。早く、前の自分に戻りたかった。

手術から半年後。
リハビリを続け、ようやく筋肉もついてきた。これなら山に登れるかもしれない。ある日、そう感じて日々練習として走っていたコースを訪れた。
「意外と行けましたね。これなら、もう一度、レースに出れるかもしれない。前のようにはなれないかもしれないけれど、自分の力を試してみたかったんです。」

由美子さんは再び、トレイルランニングの世界に戻ってきた。
復帰レースとなった東丹沢トレイルレース。
体がレースの感覚を思い出す。予想以上の走りができた。
女子総合優勝。
由美子さんは、見事、復活を遂げた。思いの強さは、時に奇跡を起こす。

しかし、膝の状態は良くなかった。走れば痛み、水が溜まった。靭帯は綺麗に形成されているのか。以前のように走れるのか。
結果とは裏腹に、不安は拭えなかった。
術後から8ヶ月後、再手術。
惚れ惚れするほど綺麗に靭帯が形成されている、と医師に告げられ、その言葉に胸をなでおろすことができた。痛みの根源だった半月板を部分切除したことで、走っても激しい痛みを伴うことはなくなった。
不安を払拭した由美子さんは、その後も次々と大会を制していく。
足への不安が全くない、といえば嘘になる。下りにはまだ怖さが残る。自分の足が完治することはもうないのかもしれない。
それでも、山を走れることの喜びは由美子さんにとってかけがえのないものだ。

「自分がどこまでできるか、とことん試してみたいんです。」
彼女は今、新たな目標を見据えている。
「もっと見えない世界を知ってみたいんです。そこに立ったら、どんな世界が見えるんだろう、って。」

そんな彼女が、僕のところへオーダーにやってきた。
僕は、そんな挑戦を支えるバックパックを作った。
由美子さんの、強い思いを背負えるバックパックを。

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