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Tsutomu Iwasaki

岩崎 勉
トレイルランナー
1967年3月24日
京都府出身

TJARへの挑戦を夢見るランナーは多い。
僕の所へも、TJARを見据えたオーダーが絶え間なくやってくる。
今でこそ一般のランナーや登山者に広く知られるようになったこの大会だが、その始まりはいたって地味なものだった。
「昔は寂しかったよなあ。」
何度もこの大会に参加しているランナーたちは笑いながら口をそろえてこういう。言葉とは裏腹に、どこかそんなレースを懐かしんでいるのが伝わってくる。
スタートに集まる観客はほとんどいない。真っ暗な日本海を背に、静かに走り出す。ゴールとなる大浜海岸にも人影はまばら。栄誉や名声ではなく、自分自身への挑戦。
2012年の大会の様子がNHKで放映され、書籍も出版されると瞬く間に多くの人を魅了した。国内どこを探しても例のないダイナミックなレース。今では大浜海岸にモニュメントも建っている。

 岩崎勉さん。現在50歳。TJARは、彼無しでは語れないだろう。
 「走ることは好きだったですね。ランニングを始めたのは、20代半ば、サラリーマン生活を送る中で、職場の先輩に誘われ社内駅伝に出たんです。」
 楽しむことが目的で出場した駅伝をきっかけに走ることに目覚める。それから間もなく、横浜のランニングクラブのメンバーに出会い、刺激を受け、走ることにのめり込んでいった。
「富士登山競走に熱心だったクラブの影響で、走り始めて直ぐに、無謀にも(笑)登ったこともない山頂コースに出場し完走しました。」
当時ロードのフルマラソンが中心だったが、夏だけは達成感のある富士山も毎年走るようになった。
 30代になり、忙しくなった仕事とランニング、そして家庭との両立の難しさも感じるようになる。
そんな悩みを抱えていた頃、富士登山競走と並び、日本を代表する山岳レースである「日本山岳耐久レース(ハセツネ)」に一度きりのつもりで参加した。
「この時代はまだまだマイナーなスポーツでしたから。」
本人はそう謙遜するが、初めて参加したハセツネで総合18位という好成績を残し、招待選手として翌年からも参加するようになる。山を走ることが楽しくて、自然にロードから山にシフトしていった。
そこで、TJAR創始者、岩瀬幹生さんと出会う。
「TJARに出てみないか?」
「まだ日本アルプスに登ったこともなかったし、日本海から太平洋まで走るなんて、考えられなかった。」
初めは自分とは無縁のレースだと考えていたが、2004年に仲間が出場することを知り、次回挑戦してみようと決断した。
「初めてのアルプスは、南アルプス全山縦走でした。今までの山とはスケールが違って感動しましたね。」
TJAR2006。岩崎さんはこの大会に初出場を果たす。
結果は、駒ヶ根高原でタイムアウト。以来、10年間挑戦し続けたが、タイムオーバーを繰り返す。選考会で不合格になったこともある。完走は叶わなかった。

彼との出会いは偶然だった。
2016年5月。南アルプス茶臼岳。僕はシーズン始めのアルプスをこの山でスタートさせた。下山途中、横窪沢小屋を過ぎたあたり、一人のランナーが向こうからやってきた。それが岩崎さんだった。イメージ通り、温かい人だ。お互い共通の友人もいることがわかり、会話を弾ませた。今年こそ、彼の完走を見たい。黙々と急坂を登っていく岩崎さんの後ろ姿を見て、僕は強くそう思った。

8月、富山県魚津市、ミラージュランド。岩崎さんは、やはり今年もこの地に立っていた。再び岩崎さんと顔を合わせた。あの時のように、やさしい表情。にこやかに再会を喜んでくれた。レース前なのに、緊張感は感じられない。
7日後、「イワサキ」の文字が、大浜海岸の砂浜に大きく書かれた。
それは、彼のゴールを心から祝福する仲間たちが用意した特別なウイニングロードだ。多くの仲間たちの笑顔のトンネルを抜け、念願の完走を果たした。こんなにも愛された選手が、今までにいただろうか。

レースの余韻も冷めやらぬ中、岩崎さんからメールが届いた。
 「バックパックを作って欲しいんです。」
彼はもう、次のレースを見据えていた。そのオーダーは30年近いのランニングの経験に裏打ちされ、今までにないほど詳細だった。
この夏、岩崎さんはこのバックパックを背負い一つの挑戦をする。
Ultra Trail Gobi Race.
ゴビ砂漠を400km駆け抜ける。聞いただけでも過酷さと壮大さが伝わってくるレース。

そしてもちろん、その先に見据えているのはTJAR2018だ。
彼にとって、挑戦を始めてから13年になる。岩崎さんに、この大会の魅力を聞いてみた。
「まず、大好きな日本アルプスを1週間満喫できること。素晴らしい自然や景色。共にゴールを目指す仲間。山で暮らす人達との再会&交流。次に、簡単ではないけれど、全力を尽くして目標や課題を達成するやりがい。そして、日本海から日本アルプスを経て太平洋まで自分の足だけで縦断するというロマン。」
「これからは、TJARの自己記録更新と共に、新しい課題(海外レース、国内別ルート)にも取組んでいきます!」
力強いその言葉とは裏腹に、新たな挑戦に立ち向かう岩崎さんの表情は、いつも通り穏やかだった。

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